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にくたい

肉体

豊島 与志雄

「文芸」1935(昭和10)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,219 字 · 26 页

青空文庫

仕事……それ自身はたとえ無意味なものであっても、それは私の生活に或る目的を与えてくれるかも知れない。そしたら彼女の……肉体にも、何か……何か……精神的なものを注ぎこむことが出来るかも知れない……。そんなことを頭の中で、夢のように反芻してみましたが……然し、少しも熱意がもてませんでした。酔払いのたわごとと同じでした。

「いやに沈んでるね……ばかだな、も一度子供でも拵えるさ。」

本当の気持で云ったのでしょうが、私の胸にぐっときました。

「そしたら、また絵をかいてくれるかね。」

小野君は口をつぐんで、妙に眉をしかめて私の顔を眺めました。不思議にも、私は彼を殴りつけてやりたくなり、敵意に満ちた気持で酒をあおりました。そして彼を引っぱっていって、或る待合にあがりこみ、自動車でトキエを迎えにやっておいて、芸者を二三人よんで騒ぎました。酔ったあげくとは云え、後で考えると、ちょっと冷汗ものです……。

トキエは、世帯をもってから殆んどつけなかったはでな着物に、縫紋の羽織なんかひっかけて、にっこり笑ってはいって来ました。そして私の側にぴたりと坐ると、芸者たちに鷹揚な軽い会釈をして、小野君に、今晩はと……それだけが瑕で……口先だけの挨拶をしました。