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はだいろのつき
肌色の月
久生 十蘭
「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页
湖心のあたりに二ヶ所ばかり深いところがあって、そこだけが青々とした水色になっていた。
湖のほとりで車を停めると、紳士がたずねた。
「泊るところはどこ? ついでだから送ってあげよう」
今夜の泊りなどは考えてもいなかったが、久美子は思いつきで、出まかせをいった。
「もう、ここで結構ですわ……キャンプ村のバンガローを借りて、今夜はそこで泊ります」
「バンガローの鍵を持っている管理人は、今日は吉田へ行っているはずだ。売店なんかもやっていないだろうし、生憎だったね」
久美子が弱ったような顔をしてみせると、そのひとはむやみに同情して、この辺には宿屋なんかないから、大室山の岩室ホテルへでも行くほかはなかろうと、おしえてくれた。
「ホテルになんか、とても……お金がないんです。ごらんのとおりの貧乏絵描きですから」
紳士はなにか考えていたが、
「そんなら、私の家へ来たまえ」
と、おしつけるようにいった。
「でも、それではあんまり……」
「なにもお世話はできないが、一晩ぐらいならお宿をしよう」
車をすこしあとへ戻して、林の中の道を湖の岸についてまわりこんで行く。
どれがどの技とも見わけられないほど、青葉若葉が重なった下に、眼のさめるような緑青色の岩蕗や羊歯が繁っている。