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しぜんびょうしゃにおけるしゃかいせいについて

自然描写における社会性について

宮本 百合子

不詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,820 字 · 12 页

青空文庫

農民は今日の社会的事情にあっては、実った稲を見て、その美しさを賞するより先に、費された労力と迫っている懸引とのために覚えず歎息するのである。自然の山野はたしかに村のあちこちで美しいとしても、その美しさをそのままに感じ得ない事情にしばられている人々の胸から、のびのびとした豊かな自然の美を描く言葉はきかれないのが当然ではないか。自然のあらあらしさがどのようであろうと、農民にとっては債鬼のあらあらしさの方が重大となっているのである。

日本文学の一方で、自然の美は消費的対象として扱われて人為的に衰弱的となりつつある。他の一方には、現在にあっては自然を愛しよろこぶゆとりを与えられない大衆が、社会的事情のよりよい条件の獲得とともに、自然をもとりかえそうとしている文学が存在している。眺め、そしてその中に逃避するための自然ではなく、人間と自然との健康な科学的な相互関係をとり戻し、自然を人間の幸福の源泉として、物質と精神との上に最大の可能さで価値を発揮させようという方向に努力している文学が、本質的な対立をもって立ち現れている。これが、今日の文学における自然というもののありようである。