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はなふぶき
花ふぶき
豊島 与志雄
「風雪」1948(昭和23)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,409 字 · 20 页
冷酒をあおって、そのコップを土間に叩きつけて、微塵に砕いてやった。
それでもおれは胆を落着けて、駆け出しはしなかった。ゆっくり坂を上って行った。坂を上りきった左手の方、神社の境内に、数株の桜の台木が、満開すぎの花をつけている。少しかすんだ陽光が大気中に漲っていて、花はへんに造花のような趣きがある。
坂に通ずる大道からわきにそれて、おれは桜の方へやって行った。神社の境内の彼方には人家があるが、こちら側はすべて焼け跡で、人の姿も殆んど見られない。
千代がそんなところにいるかどうか、これは嘉代さんの幻想で、自分の虚言を救うための口実なのだろう。それを嘉代さんが本当に信じてるとするならば、なぜ自分で探しに出かけなかったのだろうか。
その時、おれは急に胸を衝かれた。嘉代さんの最後の言葉を思いだしたのだ。
「わたしが行くと、泣いちゃうにきまってる。あんたなら丁度いい。静かに連れてきて下さいよ。」
相手は白痴だ。その白痴の神経をいたわれというのか。しかし連れて帰ったあとはどうなんだ。嘉代さんは泣かないだろうか。泣いても……そうだ、家の中のことだ、世間ていなんかないわけだ。