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はなさかぬリラ
花咲かぬリラ
山本 周五郎
「新青年」公友社、1946(昭和21)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,378 字 · 36 页
腕白小僧のような彼の顔を、烈しい痛みでも感じたかのような表情が走った。もちろんそれはほんの瞬間のことで、彼はすぐ唇を押し上げるような笑い方をしながら、夫人の眼を見て云った。
「結婚じゃないんですか」
「…………」夫人はまぶしそうに見返した、
「そんなことはないと思いますけどねえ」
由利がビールを運んで来たのでそのまま話は途切れた。来太はさっきから時どき左腕をぐっと伸ばしては手頸の表を見る、ちょうど人が腕時計を見るのと同じ動作であるが、べつに時計を巻いてあるわけではない、「はいお待ち遠さま」といって由利がビールを注いで勧めたときも、またひょいと左手を伸ばして手首を見た。
「奥さん、お願いがあるんですがね、どんなのでもいいですから先生の服の古いのを貸してくださいませんか」
「どうして、なにかお必要なの」
「この形じゃあ眼についていけないんです、むやみに戦地のことをきかれるんでね、これがいちばん閉口です、どうかひとつ貸してください」
「お貸しするような物はないけど、そうね、あなたは着丈が合っておいでだから、なにか見てみましょう」由利さんちょっと手伝ってちょうだいと云って、夫人は立っていった。