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はなび

花火

太宰 治

「文芸」1942(昭和17)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,233 字 · 29 页

青空文庫

本当に、何も知らないのです。でも、何かあるようですね。」にこりともせず、落ちつき払ってそういう言葉には、嘘があるようにも思えなかった。

「やあ、失敬、失敬。」勝治は帰って来た。れいの紙幣が、もう右手に無いのを見て、節子には何か、わかったような気がした。

「兄さん!」いい顔は、出来なかった。「帰るわ。」

「散歩でもしてみますか。」有原は澄ました顔で立ち上った。

月夜だった。半虧の月が、東の空に浮んでいた。薄い霧が、杉林の中に充満していた。三人は、その下を縫って歩いた。勝治は、相変らずランニングシャツにパンツという姿で、月夜ってのは、つまらねえものだ、夜明けだか、夕方だか、真夜中だか、わかりやしねえ、などと呟き、昔コイシイ銀座ノ柳イ、と呶鳴るようにして歌った。有原と節子は、黙ってついて歩いて行く。有原も、その夜は、勝治をれいのように揶揄する事もせず、妙に考え込んで歩いていた。

老杉の陰から白い浴衣を着た小さい人が、ひょいとあらわれた。

「あ、お父さん!」節子は、戦慄した。

「へええ。」勝治も唸った。

「散歩だ。」父は少し笑いながら言った。それから、ちょっと有原のほうへ会釈をして、「むかしは僕たちも、よくこの辺に遊びに来たものです。