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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
「だらしがないのは今に初まったことじゃあないさ。―――しかし僕は思うんだが、道徳と云うものは個人々々で皆いくらかずつ違っていていい。人は誰でもその性質に適するような道徳を作って、それを実行するより外に仕方がないね」
「そりゃあその通りに違いないが、―――で、君の道徳ではだらしのないのが善だと云うことになるのかね?」
「善ではないかも知れないが、生れつき決断力の乏しい者は強いて性質にさからってまでも決断する必要はない。そう云うことをしようとすると、徒らに犠牲が大きくなって、終局に於いて却って悪いことが起る。だらしのない人間はやはりだらしのない性質に応じて進退する道を考えるべきだ。そこで僕の道徳を今の場合にあてはめると、別れると云うことが終局の善なんだから、最後にそこへ行けさえすれば過程はどんなに廻りくどくっても差支えない、僕は実はもっとだらしがなくっても構わないと思っているんだ」
「そんなことを云っていると、終局の善に達するまでに一生かかってしまうかも知れんぜ」
「ああ、僕は真面目にそれを考えたことがあるんだよ。西洋の貴族の間では姦通は珍しくないという。しかし彼らの姦通というのは夫婦が互に欺き合っているのではなく、暗黙のうちに認め合っている場合、―――つまり現在の僕の場合と同じようなのが多いんじゃないか。