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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

老人が何かくどくど云うのに対して、お久の方は言葉少なに「へえへえ」と聞いているらしく、ときどき「何々どす」と答えるそのどすと云う語尾だけがぼんやり聞き取れる。要は他人の夫婦仲の睦まじいのを見ると、自分たちの身に引きくらべてその幸福が羨ましくもあり、他人事ながら嬉しくもあって、決してイヤな気は起さないのが常だけれど、この老人の場合のように三十以上も歳の違った組み合わせのこう云う様子を見せられるのは、予め覚悟していたとは云え、やっぱり多少迷惑でないことはない。まして老人が自分の肉身の親であったら、さぞかし浅ましい気がするであろうと、美佐子がお久を憎む感情が今更分って来るのであった。此方は寝られないままにそんなことを考えているうち、老人は間もなく眠りついたらしく、すうすうと云う寝息が聞えたが、忠実なお久はそれからもまだ按摩の手を休めないで、ぱたん、ぱたんと云う音がようよう止んだのは十時近くであっただろうか。彼はしょざいなさに、向うの部屋の電燈が消えた頃に自分の部屋へ明りをつけた。そして寝ながら端書を書いた。一枚は弘に宛てて、絵端書へ簡単な文句を記したもの。