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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

その十

一枚は上海の高夏へ宛てて、これも出来るだけ簡単に、鳴門の海の景色の横へ細字で七八行にしたためたもの。―――

その後そちらの御起居如何。

こちらは君に逃げられてしまって、あのまま今以て曖昧模糊。美佐子は相変らず須磨へ出かける。僕は京都の老人のお供で淡路へ来ている。そして大いに見せつけられている。美佐子はお久さんを悪く云うが、しかし中々親切なもんだとアテられながら感心している。

カタが附いたら知らせるが、今のところいつになるやら全く不明。

その十

「お早うございます、よろしゅうございますか、―――」

と、廊下に立ち止まって声をかけると、

「ええ、構いません、さあさあ」

と云うので、表の座敷へ這入ってみると、宿の浴衣に市松の伊達巻姿で鏡の前にすわりながら、髷のあたまを梳櫛で撫でているお久の傍に、老人はビラを膝の上に載せて、老眼鏡のケースを開けたところである。晴れ渡った海はじーっと視つめると瞳の前が黒ずんで来るほど真っ青に和いで、船の煙さえ動かないような感じであるが、それでも時たまそよ風を運んで来るらしく、障子の破れが紙鳶の呻りのように鳴って、膝の上のビラがかすかにあおられる。