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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
見わたしたところ、追い追い客が詰まって来た土間の彼方此方には、思い思いに輪を作って小さな宴会が始まっていた。日が高いので男の客は少いけれど、町の女房らしいのや娘らしいのがめいめい子供たちを連れて、中には乳呑み児を抱いたりして、彼処に一とかたまり、此処に一とかたまりと云う風に、ところどころに陣を取っては、舞台の芝居には頓着なく、重箱のぐるりにまどいしながらたべているので、その賑かさ、騒々しさと云ったらない。ここの小屋でも煮込みのおでんと正宗ぐらいは売っていて、それで酒盛りを開くのもあるが、大部分の人は皆相当にかさのある風呂敷包みを持参している。明治初年の飛鳥山へでも行ったならば、花見時には定めしこんな光景が見られたであろう。要は蒔絵の組重などと云う物を時代おくれの贅沢品だと思っていたのに、ここへ来て見て始めてそれが盛んに実際に用いられているのを知った。成るほど漆の器の感じは、玉子焼きや握り飯の色どりといかにも美しく調和している。中に詰まっている御馳走がさもおいしそうである。日本料理はたべる物でなく見る物だと云ったのは、二の膳つきの形式張った宴会を罵った言葉であろうが、この花やかな、紅白さまざまな弁当の眺めは、ただ綺麗であるばかりでなく、なんでもない沢庵や米の色までがへんにうまそうで、たしかに人の食慾をそそる