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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
彼女は閨房の口説にいつもこの手を出すのである。はじめはマダムに二千円の借りがあるから、それを立てかえて一軒家を持たしてくれろと云っていたのが、この頃は少し様子をかえて、さしあたり千円出してくれさえすれば残りは証文にしておくからと云うようになった。
「ねえ、あなたあたしが好きなんじゃないの?」
「うん、………」
「ちょっと! そんな気のない返辞をしないで、もっと真面目に聞いて頂戴! ほんとうに惚れてる?」
「ほんとうに惚れてる」
「惚れてるなら千円ぐらい出したらいいわよ。でなけりゃ優待して上げないわよ。………さあ、どっち?………出すか出さないか?………」
「出す、出す、出すと云ったらいいじゃないか、怒るなよそんなに、………」
「いつ出す?」
「今度持って来る」
「今度こそきっとか? うそじゃないか?」
「僕は日本人だからなあ」
「ふん、畜生! 覚えてるがいい! 今度お金を持って来なけりゃ絶交してやるから!………あたしいつまでもこんな卑しい商売をしてるのが厭だから頼むんじゃないの。ああ、ああ、ほんとに、なんてあたしは不仕合わせなんだろう。………」
それから彼女は新派の俳優そっくりの口調になって、さも哀れっぽく涙ぐんだ眼に物を云わせて、いかにこの稼業が自分のような人間には堪えられないかと云うことを説明したり、一日も早く娘が自由の身に