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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
で車に揺られつつ行くさまに気づいたであろう。
「何をやっているんですの、一体?」
「ゆうべの電話では小春治兵衛と、それから何だとか云っていたっけが、………」
互に長い沈黙に圧し出されたような工合に、一と言ずつ口をきいた。けれども矢張正面を切ったままだった。妻には夫の、夫には妻の、鼻の頭だけが仄白く映った。
弁天座のありかを知らない美佐子は、戎橋で乗り物を捨ててから再び黙って附いて行くより外はなかったが、夫は電話で委しく教わったものと見えて、道頓堀のとある芝居茶屋を訪ねて、そこから仲居に送られて行くのである。いよいよ父の前へ出て妻の役目をしなければならない、そう思うと彼女は一層気が重くなった。土間へ陣取って娘よりも若いお久を相手に、杯のふちをなめては舞台の方を見入っている年寄りの姿が眼に浮かんだ。父もうっとうしいけれども、それよりお久がいやであった。京都生れの、おっとりとした、何を云われても「へいへい」云っている魂のないような女であるのが、東京ッ児の彼女と肌が合わないせいもあるであろう。が、お久と云うものを傍へ置くとき、父が何だか父らしくなく、浅ましい爺のように見えて来るのがこの上もなく不愉快なのである。