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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
中はそんなに暗いのだけれど、無双窓の櫺子の外はまだうす明るく、楓の青葉が日中よりは却って冴えて織り物のような鮮やかな色を覗かせている。なんだか辺鄙な山の湯にでも来たようで、老人がよく「うちの庭ではほととぎすが聞ける」と云っていたのを思うにつけ、こう云う時に啼かないものかなと耳を澄ましたが、聞えるものは何処か遠くの田圃の方で雨を呼んでいる蛙の声と、わーんと云う蚊の啼きごえばかりである。それにしても今頃瓢亭の座敷にいる親子は、何を話しているだろう。老人は婿に対してこそ遠慮があるものの、あの口ぶりから察すると恐らく娘には圧制的に出るのではないのか。要はそんなことが多少は心にかかりながら、どう云うものか二人を送り出してしまってからは何となく気が軽くなって、こうして風呂に漬かっている此処の家が、すでに第二の妻を迎えた自分の新居であるような愚かしい空想が湧くのであった。思えばこの春からしきりに機会を求めては老人に接近したがったのは、自分では意識しなかったところの外の理由があったのかも知れない。そういう途方もない夢を頭の奥に人知れず包んでいながら、それで己れを責めようとも戒しめようともしなかったのは、多分お久と云うものが或る特定な一人の女でなく、むしろ一つのタイプであるように考えられていたからであった。