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あざみ
薊
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1959(昭和34)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,800 字 · 32 页
「もうらくになりました」とゆきをはもの憂げに答えた、「わたくしの胃は長い持病で、急に痛みだすと薬では効きません、押えてもらうよりしようがございませんの」
「初めて聞くようだが、これまでにもたびたび痛んだのか」
「いいえ、そうたびたびはございません」ゆきをはつるを見て云った、「有難う、もういいからいって寝ておくれ」
つるはそっと会釈をして去った。銕太郎がはいって来てから、いちども顔をあげず、口もきかなかった。
「医者には診せたのか」
「ええ」とゆきをは脱力したような声で答えた、「わたくしのは病気ではなく、躰質だということです」
「それは治らないということか」
「そんなに大袈裟なことはございませんの、ときたまおこるだけですから」とゆきをは云った、「どうぞおやすみになって下さい、御迷惑をかけて済みませんでした」
銕太郎は立ったまま見おろしていた。妻の顔は蒼白く、灯のかげんか、眼のまわりに黒くしみができているように感じられた。
結婚してから四年めの秋、参覲のため出府する藩主の供で江戸へ向う途中、銕太郎は初めて悪酔いをし、思いがけない女に触れた。舞坂で暴風雨にあい、浜松までゆくと、天竜川が出水のため川止めだということで、浜松に五日滞在しなければならなかった。