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あざみ
薊
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1959(昭和34)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,800 字 · 32 页
「あのくらいの陰口がそれほど重大なことになるとは、おれにはどうしても考えられない」
「いまはもう済みました」ゆきをは鏡台のまわりを片づけながら云った、「あの方は臆病ですから、陣場ヶ原で誓ったことはきっと守るでしょう、仮に、――誓いをやぶるにせよ、わたくしがいなくなれば、なにを云ったところで誰にも傷つきはしませんから」
「おまえがいなくなるって」
「兄さん」と佐久馬が呼びかけた、「松川さんの妻女もあね上と同じ病気だそうですよ」
「松川、――」と銕太郎がゆっくり反問した、「松川靱負か」
「ええ、妻女が半月ほどまえから寝ていたんですが、こんど医者に診せたらあね上と同じ病気で、いつ急変がくるかわからないと云われたそうです」と佐久馬が云った、「あね上も急だったですからね」
くぬぎ林から百舌鳥が舞いあがり、やかましく鳴き叫びながら、「沼」のかなたのほうへ飛び去った。気がついてみると、空は黄昏のように暗くなり、静かな風の中に、白いこまかな雪が降りだしていた。
「おまえはとうとう本心をみせなかった」と銕太郎は庭を見やったままで云った、「おれは本当のおまえを見、本当のおまえと語り、本当のおまえに触れたかった」