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きょこうのはる

虚構の春

太宰 治

「文学界」1936(昭和11)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,586 字 · 108 页

青空文庫

不思議なもので、大きい苦しみのつぎには、きっと大きいたのしみが来ます。そうして、これは数学の如くに正確です。あせらず御養生専一にねがいます。来春は東京の実家へかえって初日を拝むつもりです。その折、お逢いできればと、いささか、たのしみにして居ります。良薬の苦味、おゆるし下さい。おそらくは貴方を理解できる唯一人の四十男、無二の小市民、高橋九拝。太宰治学兄。」

下旬

月日。

「突然のおたよりお許し下さい。私は、あなたと瓜二つだ。いや、私とあなた、この二人のみに非ず。青年の没個性、自己喪失は、いまの世紀の特徴と見受けられます。以下、必ず一読せられよ。(一行あき。)刺し殺される日を待って居る。(一行あき。)私は或る期間、穴蔵の中で、陰鬱なる政治運動に加担していた。月のない夜、私ひとりだけ逃げた。残された仲間は、すべて、いのちを失った。私は、大地主の子である。転向者の苦悩? なにを言うのだ。あれほどたくみに裏切って、いまさら、ゆるされると思っているのか。(一行あき。)裏切者なら、裏切者らしく振舞うがいい。私は唯物史観を信じている。唯物論的弁証法に拠らざれば、どのような些々たる現象をも、把握できない。