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ばんじん

蛮人

山本 周五郎

「アサヒグラフ」1936(昭和11)年8月12日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,726 字 · 13 页

青空文庫

かなたを見やっていた。

流れる雲や風に揺れる木葉は、人の胸に隠れている幻想をかきたてるものだ、彼の眼には数々の追憶がうかびあがる。

「――ふしぎだ」

と彼は放心したように呟く、「どうして、こんな遠い所へ来たんだろう、もしかしてこれがながい途方もない夢ででもあったら――女房があそこの道から夜業の弁当を持ってやって来るとしたら……家には子供が待ってる、窓框の壊れたところを直すはずだった、たしかそのために釘を買ってきた日だった――あの極道野郎めが、あの……」

彼は突然その両手で頭を掴み、絞りだすような声で呻いた。

「あら、この鶏は死にそうだわ」

ふいに後で声がした、彼はぎょっとして振返るとそこにお房が立っていた。

「もう駄目らしいわねえ」

「――うん」

彼は狼狽しながら外向いた、女はその横顔から眼を放さずにからかうような口調で云った。

「どうせ駄目なら今のうちにつぶしちゃったらどう、あたしが絞めてあげるよ、羽根でふわふわした首をぎゅっと絞めるのは良い気持だわ――」

「そんな……罪なことを云うものじゃねえ、商売でもおめえ――」

「気が弱いのねあんた」

女は眼を光らせながら云った、「それでよく人殺しなんかできたもんだ、ねえ――やったのは男? それとも……」