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たこのごときもの
蛸の如きもの
豊島 与志雄
「改造」1950(昭和25)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,085 字 · 21 页
――大いなる蛸の如きもの、わが眼に見ゆ。
八本の足をすぼめて立ち、入道頭をふり立て、眼玉をぎょろつかせて、ふらりふらり、ゆらりゆらりと、踊り廻り、その数、十、二十、或るいは三十、音楽のリズムの緩急には殆んど無関係に、淡い赤色の照明の中を、ふらりゆらり、くっついたり離れたり、踊り歩き、音楽が止むと、狭いホールの四方に散り、足をひろげてべたりと屈みこむのである。キャバレー・ルビーの夜のひと時。
「なぜ黙ってるの。」
然し、何をしゃべることがあろう。誰だって、口をつぐんでひっそりしている。或るいは、口を利いてもひそひそと、黙ってるのに等しい。蛸に声が出るものか。口をくうくう鳴らし、吸盤をぴちゃぴちゃさせるだけだ。八本の肢体は足ともなれば腕ともなる。足を組み合せ、腕を組み合せ、または互に絡み合せて、吸盤をぴちゃぴちゃ……。擽ったいじゃないか。穢らわしいじゃないか。そら、バンドがまた始めやがった。こんどは踊りっ娘だ。静かに見ていろ。青い照明になったから、そう邪魔にはなるまい。
「ねえ、おなかが空いたわ。」
今時分、なにを言ってるんだ。だから、女は食うことと眠ることだけだ、と木村に言われるんだ。