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くも
蜘蛛
甲賀 三郎
「文学時代」1930(昭和5)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,314 字 · 22 页
すると、辻川博士があわてて私を抱きとめて、
「あぶない、階段が急だから」と口早にいって、私をひきもどして、博士のほうが先に外に出た。
それからさきは新聞にもくわしく出たとおり、外に飛びだした潮見博士は階段で足を踏みすべらして、途中で二三回、階段に頭をぶつけながら、階下まで転落して、その場で即死してしまったのだった。辻川博士と潮見博士とはあまり仲がよくないということがつたえられていたりしたので、臨検した警官はかなり厳重に事情を聴取した。しかし、両博士がきわめて平和裡に談笑していたことは私が証言したし、潮見博士が突如として戸外に飛びだしたのは、まったく足許にはいよったある種の蜘蛛をみて、毒蜘蛛とでも誤認したためとしか思われないし、その蜘蛛は毒蜘蛛でもなんでもなく、誤認したのは潮見博士の過失であり、ことに階段から転落したのはまったく潮見博士の過失によるのであるから、辻川博士にはなんの責任もないわけである。そこで辻川博士にはなんらの咎めはなかった。しかし、この問題では各新聞紙が競って興味本位に報道して、辻川博士が突如として大学をやめて専門ちがいの蜘蛛の研究をはじめたことや、三十尺の支柱に支えられる円形の塔にこもっていることなどをこと新らしく書きだして、大いに世人の好奇心を煽った。