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みかん
蜜柑
佐左木 俊郎
「随筆」1927(昭和2)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,618 字 · 14 页
彼女の眼にも熱いものが湧いて来た。低声の会話の中に、鼠の走る音と、家人の鼾の音とが折々はさまれていた。
五
感激が祟って、お婆さんは夜明けまで興奮し続けた。うつらうつらとまどろみかけたのは、それからであった。
「ナア! ナア!」いう細い消え入るような声で、眼が覚めた時には、短い日はもう十時を廻っていた。
枕元には、いま障子の破れ穴から飛び込んで来た三毛が、ぶるぶるっと毛繕いして、ものほしそうに鳴いていた。猫の鼻先には、粥の土鍋と梅干の器物が置かれてあった。廊下の日向には、善三が、猫の午睡所を占領していた。
「善三があ? 善三。」
お婆さんは、低い嗄れた声で、障子にうつる影に呼びかけた。
善三は、青い篠竹を三本切って来て、何か拵えようとしているのであった。昨日の午後、お婆さんから蜜柑を買って来るように言い付かって、五銭白銅を二枚持って出て行ったきり、そのままお婆さんのところへ寄り付かなかったのであったが、もうそのことも忘れているらしかった。
「昨日な頼んだ蜜柑はやあ? 善三。」
「蜜柑、どこにも、無がった。」
「蜜柑が無がったあ? ほして、銭はやあ?」