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ちょうのえ
蝶の絵
久生 十蘭
「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页
帰朝する途中、シンガポールや海防で南方の風景に憑かれ、マレーを振出しに、ジャワ、スマトラ、フィリッピンと、邦人のゴム園やサイザルの栽培地で絵を買ってもらいながら、二十年近く、飄々としていた。正義派で、善人で、終戦当時はシンガポールで、戦犯や引揚同胞の世話をしていたということだが、すすめられて、南方で描きためた絵の個展をやることになり、忙しそうにしていた。
「会場はきまったか」
「やっとこさで、日仏画廊へ割りこんだが、そうしたら、急に怖気がついてねえ」
「いつ頃やる」
「早くて、二月のはじめ……それで、今日、ちょっとおねがいがあってやってきた。デ・ヴィゴというのは、フィリッピンのネグロス島で、大きな砂糖工場をやっていた金持なんだが、長女のリーナという娘が、山川の後を追ってきて、いま東京にいる」
「須田とも話していたんだが、そんなものがいるらしいことは、聞いていた。噂は事実なんだね」
「山川は、部隊副官のくせに、親比島派のリーダーみたいなことをしていたもんだから、知識階級や、上流の家庭に受けがいい。マリポサこと津村宇太郎なんかとデ・ヴィゴ邸へ出入して、家族同様に待遇されていたんだが、デ・ヴィゴは、ネグロス島のゲリラを指揮した嫌疑で四十何人の大家族が、ひとりのこらず憲兵に虐殺されてしまった」