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ちょうのえ

蝶の絵

久生 十蘭

「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页

青空文庫

四

都合が悪いときは、箴言まで担ぎだして、一歩も譲らないってんだ。身勝手で、訳がわからないのは山川家の法なんだから、君なんかの歯のたつ相手じゃない。そんなところへ出かけて行くほうが幼稚なんだ」

そんなことをいっているうちに、むやみに腹が立ってきて、煙草の味がわからなくなった。

四

三鷹の駅から、土堤について行く。雑木林の繁った両岸の間を、流れの早い川が走っている。土堤の大きな木は栗と桜で、いくらかはまだ葉が残っている。笹と松のほかは、みな紅葉し、赤と黄と紅の諧調が、たえず変化する水紋にうつって美しかった。

枯れ薄に埋もれた横長の建物の玄関を入ると、長い廊下が左へ延び、その端の部屋にリーナという娘がいた。

薄っぺらな木綿布団を敷いたカンヴァスベッドに腰を掛け、窓のほうへ向いてなにかやっていたが、ドアの開いた音をきくと、すらりとした上背をみせて立ちあがった。窓からさす、初冬の午後の余光を横顔に受け、青い大きな眼で、こちらを見ていたが、息ぎれがするらしく、細っそりした手を窓枠にかけて身体を支えながら、そろそろとまた腰をおろした。年齢はいくつなのか、まだ子供子供し、束の間の盛りを見せる脆い花といった、ものやさしさで、線の細いエッチングか素描でも見ているような清楚な印象を受けた。