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ちょうのえ
蝶の絵
久生 十蘭
「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页
「だからって、放ってはおけない。あれじゃ、すこし、ひどすぎる。おれは、これから山川のところへ行くから」
そういって、新宿で岩城と別れた。
日暮れ近く、山川の家に着くと、玄関のそばの槐の葉繁みの中で、チラと黒い影が動いた。子供でものぼっているのかと思ったら、いつかのオランウータンが横枝にとまって、ヒラヒラ動く枯葉を、ギリシャの賢人のような顔で眺めていた。
客間で待っていると、四十五歳の老嬢が、皇后さまの宮中服を真似た、みょうな着付で出てきた。
「花世はね、風邪気味で、三日ほど前から、ひき籠っています……慧子のほか、誰も寄せつけないの。ご用でしたら、あたくしがうけたまわっておきましょう。どんなこと?」
「リーナという娘のことで……」
「あの娘ね……そうそう、二度ばかり、家へ来たことがあるわ。色は、黒いってんじゃないけど、どこか煤っぽくて、愛嬌でもあればのことですが、そんなところもなく、すがれ野菊といった面白味のない娘……愛情というのも、ずいぶんへんてこなものなの……花世の手に、ちょっと触っただけで、昂奮して、眼のなかを白くして、痙攣けてしまうというすごい過敏ぶり……気が触れてるんじゃないかと思ったくらい。