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ちょうのえ
蝶の絵
久生 十蘭
「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页
戦争や軍隊にとって、これほど有害無益な男もすくなく、山川にとって、およそ戦争というものほど、性に合わないものはない。女子部の生徒のなかでも、特に山川をひいきにしていた十人ばかりが、花束ならぬ、紙の国旗を持って営門に並んだが、いじらしいやら、可笑しいやらで、涙を滲ませたり、忍び笑いをしたり、さんざんだった。
「山川先生、いちど雨にあたったら、溶けておしまいになるでしょう」
一人が泣笑いをしながら、感想を洩した。
母と姉の庇護によらなくては、一日も生きられない。顔を洗う水が足の甲に落ちても、すぐ風邪をひく含羞草のような山川が、荒くれた異土の風雪に十日もつづけてあてられたら、敵の弾丸を待つまでもなく、肺炎かなにかで、がっくりいってしまうのだろう。時雨もやいの朝寒におびえて鳥肌をたてている、眼ばかり美しい山川の細い白い顔を見ていると、この男は、もう生きて帰ってくることはあるまいという冷酷な感慨がわき、人並な挨拶をして営庭に入って行ったのを最後に、みなのこころのなかで、山川の思い出が死んでしまった。
生きた山川を見ようなどと、無益な期待をもっていたものは一人もない。