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ちょうのえ

蝶の絵

久生 十蘭

「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页

青空文庫

そんな場所で、唐突に山川と鉢合せをしたら、伊沢の細君でなくとも、あっといって、一と足後へ退ったろう。「いやな感じ」というのは、よくわかった。

山川の家へ電話をかけると、二時間も前に出たというが、待つあてもないので、はじめると、九時近く、遅くなって、山川がつるりとした顔であらわれた。どこへ坐ればいいのかと、含羞み笑いをしながら座を見まわしているので、いい加減腹をたてていた須田が、

「ひとに招かれて、いまごろやってくるような不心得者は、おゆるしが出るまで、末席で慎しんでいろ」

と、いきなり浴びせかけた。

さすがは育ちのよさで、すまなかったといって、悪びれもせずに端初の席につきながら、食卓の上のクリスタルの酒注を見ると、

「葡萄酒だね。一杯もらってもいいかしら」

「赤ん坊が、酒を飲むって? あまり驚かせるなよ」

「軍隊でおぼえちゃったんだ……母や姉たちには、秘密なんだが」

山川は、グラスをクルクルまわして、切子の面を光らせながら、宝石でもながめるように酒の色に見入っていたが、香気を嗅いで口に含むと、

「ラローズだね。なかなかいいよ」

と、通人めかして、うなずいてみせた。