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かにこうせん

蟹工船

小林 多喜二

「戦旗」1929(昭和4)年5月、6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 61,890 字 · 125 页

青空文庫

給仕は「今」恐ろしい喧嘩が! と思った。それが、それだけで済む筈がない。だが(!)船長は咽喉へ綿でもつめられたように、立ちすくんでいるではないか。給仕はこんな場合の船長をかつて一度だって見たことがなかった。船長の云ったことが通らない? 馬鹿、そんな事が! だが、それが起っている。――給仕にはどうしても分らなかった。

「人情味なんか柄でもなく持ち出して、国と国との大相撲がとれるか!」唇を思いッ切りゆがめて唾をはいた。

無電室では受信機が時々小さい、青白い火花を出して、しきりなしになっていた。とにかく経過を見るために、皆は無電室に行った。

「ね、こんなに打っているんです。――だんだん早くなりますね」

係は自分の肩越しに覗き込んでいる船長や監督に説明した。――皆は色々な器械のスウィッチやボタンの上を、係の指先があち、こち器用にすべるのを、それに縫いつけられたように眼で追いながら、思わず肩と顎根に力をこめて、じいとしていた。

船の動揺の度に、腫物のように壁に取付けてある電燈が、明るくなったり暗くなったりした。横腹に思いッ切り打ち当る波の音や、絶えずならしている不吉な警笛が、風の工合で遠くなったり、すぐ頭の上に近くなったり、鉄の扉を隔てて聞えていた。