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はえ

蠅

宮本 百合子

「若草」1926(大正15)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,279 字 · 7 页

青空文庫

ジゥージゥー翅をならして飛び去ろうとするがもう駄目だ。源一がその様子を眺めているうちに、更に一匹くっついた。人間の子供が、夢中で鬼ごっこをし、「いやあ」と逃げ出すはずみに溝へころげ込むように蠅共は、ついと逸れる拍子に、紙へぶつかる。忽ち五六匹の蠅がとれた。どれも、充分育ち切っていないと見え、弱く、ほんの一寸翅を動しただけで、凝っと静に死んだように成ってしまう。源一は、面白いような、はかなく哀れなような気持がした。

彼は二階の部屋へ引とるつもりで立ち上った。ふと、茶箪笥の擦硝子の隅に一匹、これは途方もなく強そうな蠅がのそのそしているのが目についた。体の大さなど、他のの三四倍あった。肢や腹に微細ながら黒く剛い毛が生え、蠅の世界の熊坂長範というようだ。――

源一は、凶猛そうなその姿から一種動物的な挑戦慾を刺戟された。彼は、硝子をバタバタやった。ブーン、蜂のように勁い翅音で滑っこく冷たい散歩場から追立てられた熊蠅は、徐ろに上下左右、空中検察を行って飛ぶが、なかなか中央の薬紙には寄付かない。折々、嗅覚をそそられはするらしいが、その老練な経験で何かただならぬ人間の狡智を洞察しているといった風だ。