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ちぬられたかいとう

血ぬられた懐刀

国枝 史郎

「講談倶楽部」1928(昭和3)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,586 字 · 71 页

青空文庫

で、フラフラと家を出て、近くの花園の森へまで、来るともなしに来たのであった。

萩野は松の木へ額をあて、じっと物思いに沈んでいる。

木洩れの月光が森の中へ、薄蒼い縞を投げている。それに照らされた萩野の肩の、寂しそうなことと云うものは!

と、その肩が顫え出した。すすり泣いている証拠である。

「小四郎様と比較て、秋安様の親切だったことは! そういうお方を振りすてて、小四郎様へ気を向けたのは、妾の愚かというよりも、魔が射したものと思わなければならない。そのあげくに妾は捨られたのだ。誰にも逢わす顔がない。ましてや今さらオメオメと、秋安様とは逢うことは出来ない。ちょっとした心の迷いから、二つの恋を失ってしまった」

限りない絶望と悔恨とが、今や萩野をとらえたのである。

「ああこの森で秋安様と、幾度媾曳をしたことやら。そのつど何と秋安様が、妾を愛撫して下すったことやら。思い出の多い花園の森! 一本の木にも一つの石にも、忘れられない思い出がある」

フラフラと萩野は歩き出した。

「ああここに杉の木がある」

一本の杉の木へ手を触れたが、しずかに幹を撫で廻した。

「この木の幹に背をもたせかけて、はじめて秋安様がこの妾へ、恋心をお打ち明け下されたのは、一年前の今頃であった。