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ちまんだらしちょうぶし

血曼陀羅紙帳武士

国枝 史郎

「冨士」講談社 1939(昭和14)年9月~12月中絶、「血煙天明陣」桃源社 1970(昭和45)年に付載して完結公刊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,970 字 · 176 页

青空文庫

おお、お父様お父様、正気づかれてくださいまし!」

と叫び、老人の刀持つ手に取り縋った。栞であった。しかし老人は、

「娘か、用心おし! 来栖勘兵衛が、わしを殺しに来たぞよ! そこに勘兵衛がいる!」

と叫び、尚、車を進めようと、片手の棒で、地上を漕ごうとするのであった。

「いえいえお父様、あのお方は来栖勘兵衛ではございません。よくご覧なさいまし、お年が違います。勘兵衛より、ずっとお若うございます」

こう云われて老人は、はじめて気づいたように、つくづくと頼母を見たが、

「なるほどのう、年が違う、前髪立ちじゃ。勘兵衛はわしより一つ年上だった筈じゃ。勘兵衛ではない」

落胆したように、また、安心したように、老人は、急に首を垂れ、振り上げていた刀を下げると、弱々しく、子供のように、栞へもたれかかった。赤い布のかかった艶々しい髪の下、栞の肩へ、老人の白髪頭が載っている。白芙蓉のような栞の顔が、頬が、老人の頬へ附いている。秩父絹に、花模様を染め出した衣裳の袖から、細々と白い栞の手が延びて、老人の肩へかかっているのは、車の上の老人を、抱介えているからであった。いつか老人の手から、刀も棒も放され、刀は、車の前の、枯れ草の上に落ちた。