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まち

街

宮本 百合子

「女性」1927(昭和2)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,689 字 · 37 页

青空文庫

ダーリヤは思わず優しく静脈の浮き上った指先の短いマリーナの手を撫でた。

「きっと今にエーゴル・マクシモヴィッチはお返しなさいますよ、ただ約束の日にかえせなかったというだけですよ」

「――エーゴル・マクシモヴィッチは、どうしてああ慾張りなんでしょうねえ、私が殺すと思ってこわがるなんて――ダーシェンカ、あのひとは、アーニャに飲ませてからでなけりゃ珈琲も飲まないんですよ」

それは、エーゴル・マクシモヴィッチの家庭を知っている者の間に評判の事実であった。

五

「エーゴル・マクシモヴィッチだって、元からあんなではなかったのにねえ」

マリーナは、追想に堪えぬように云った。

「私共だって、あんた方のように若い気軽な夫婦だった事もあるのよ、ダーシェンカ。大きな裁板の前でエーゴルが裁つ。私が縫う。これにエーゴルが仕上をして顧客へ届ける。少しずつお金をためる。飾窓へやっと一つ着付人形を買う――あの時分の楽しかったこと……その時分からエーゴルはマンドリンが上手くてね、町で評判だった。自分が弾いては私によく踊らせたもんだわ。……そうこうしてやっとまあ食うに困らない目当がつくようになったかと思うと、どう? 機関銃が兵隊と一緒に家へ舞い込んで来た。