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うらぎり

裏切り

坂口 安吾

「新潮 第五一巻第九号」1954(昭和29)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,343 字 · 70 页

青空文庫

もしやにひかされて思い決したというわけなのさ」

トオサンは告白を終って、冬まぢかなころだというのに、ツルリと手でなでて額の汗を払ったそうです。こんなに汗をかくとは思わないので、鼻をかむ汚い手拭しか持ち合せがなかったのでしょう。

「トオサンの気持がむずかしすぎるから、とてもにわかに返事ができなくッてよ。でもね。私、真剣に考えてみるわ」

小夜子サンは長いことかかってアレコレと思案したあげく、ようやくこう返事をしたそうです。

二人は南京街の支那料理屋で五六品のテーブルを食べましたが、食事の間中、トオサンは自分からは一言も物を云いませんでした。そればかりでなく、箸を使うのまでが怖しく不器用になって、はさんだ料理をしきりに皿の上だのテーブルの上へ落してイライラし、とうとう汗をかきはじめて、目をこすったり頭をこすったりするものだから、小夜子サンも見ていられなくなったそうです。そこで自分のお箸に料理をつまんで、

「ハイ」

と云ってトオサンの口へ差しだしたところが、トオサンはそれをくわえようとして、にわかに気が変ったらしく、脣だけで軽くくわえようと変なことをしたものですからツルリとすべって、これも下へ落ちてしまいました。