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せいこのしじん

西湖の屍人

海野 十三

「新青年」博文館、1932(昭和7)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,487 字 · 39 页

青空文庫

の空も見えないのだった。そして急に冷え冷えとした山気のようなものが、ゾッと脊筋に感じる。そのとき人は、その急坂に鼠の姿を見るだろう。その鼠は、あの敏捷さをもってしても、このぬらぬらした急坂を駈けのぼることができないで、徒にあえいでいる――これが鼠坂という名のついたいわれであった。

この坂の、のぼることも降りることも躊躇される、その中途に、さらに細い道が横に切ってあって、その奥に朽ちかかった門柱が見える家があった。その家の門は、月のうち、二三日を除いて、滅多に開かれることがなかった。門の鈴がリリリンと冴えた音をさせる日は、大抵月の上旬にきまっていた。もし気をつけて垣の間から窺っているならば、訪客は夜分にかぎり、そして年齢のころは皆、四十から下の比較的わかい男女であって、いずれも相当の身姿をしていることが判ったであろう。

帆村探偵も、その夜の客に交っていたのだった。

彼は階下の待合室で、順番を待っていた。一座には、袴をはいて頤の先に髯を生やしている男が、しきりに心霊の物理学について論じていた。その隣りには、半年前に夫を喪ったというまだ艶々しい未亡人だの、その姪にあたるという若い女だのが居流れていた。