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ぐとくしんらん
西田幾多郎随筆集
西田 幾多郎
西田幾多郎『西田幾多郎随筆集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:愚禿親鸞、我が子の死、国語の自在性。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,908 字 · 14 页
もし人生はこれまでのものであるというならば、人生ほどつまらぬものはない、此処には深き意味がなくてはならぬ、人間の霊的生命はかくも無意義のものではない。死の問題を解決するというのが人生の一大事である、死の事実の前には生は泡沫の如くである、死の問題を解決し得て、始めて真に生の意義を悟ることができる。
物窮まれば転ず、親が子の死を悲しむという如きやる瀬なき悲哀悔恨は、おのずから人心を転じて、何らかの慰安の途を求めしめるのである。夏草の上に置ける朝露よりも哀れ果敢なき一生を送った我子の身の上を思えば、いかにも断腸の思いがする。しかし翻って考えて見ると、子の死を悲む余も遠からず同じ運命に服従せねばならぬ、悲むものも悲まれるものも同じ青山の土塊と化して、ただ松風虫鳴のあるあり、いずれを先、いずれを後とも、分け難いのが人生の常である。永久なる時の上から考えて見れば、何だか滑稽にも見える。生れて何らの発展もなさず、何らの記憶も遺さず、死んだとて悲んでくれる人だにないと思えば、哀れといえばまことに哀れである。しかしいかなる英雄も赤子も死に対しては何らの意味も有たない、神の前にて凡て同一の霊魂である。