轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
かいしゃくがくとしゅうじがく
解釈学と修辞学
三木 清
「哲学及び宗教と其歴史(波多野精一先生献呈論文集)」岩波書店、1938(昭和13)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,866 字 · 24 页
ただアリストテレスは行為を十分主体的に捉えず、なお対象的客体的に見た。そのために彼は、行為は必然的なものでなくて大抵そうあるものであり、修辞学的推理すなわちエンチュメーマも必然的なものからの推理でなくて蓋然的なもの(τ※ ε※κ※※(ギリシア小文字ファイナルSIGMA、1-6-57))からの推理であると考えざるを得なかったのである。しかるに行為は単に客観的に捉えられ得るものでなく、かえって行為は主観的にして客観的なものであり、かかるものとしてその本質において技術的なものである。行為は技術的なものである故に、行為に関わる修辞学は技術的なものであり、修辞学の論理は行為の論理そのものを現わすと考えることができる。しかし修辞学は論理でなくて直観に属するといわれるであろう。論理の根柢には直観がなければならぬとすれば、何よりも修辞学的論理の根柢には直観がなければならぬであろう。具体的な論理は論理と直観との綜合であり、もしくは直観そのもののうちにすでに論理が含まれているのでなければならぬ。右に述べたごとく修辞学はロゴス的なものとパトス的なものとの統一であるが、かかる統一はいかに与えられるであろうか。