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にんしきろんとしてのぶんげいがく

認識論としての文芸学

戸坂 潤

「唯物論研究 五十一号」1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,350 字 · 19 页

青空文庫

して見れば、文芸に於けるエスプリだけを他の諸芸術の夫から、原則的に隔離して了うことは出来ない筈だ。ロダンは多分に卑俗な世界観を、乃至芸術観をさえ、持っていたが、その彼にしても、彫刻の内に一切の芸術や哲学や宗教を見ると云っている。ましてエスプリが諸芸術様式の間に有っている共通性・流動性・は、常識にぞくすると云ってもいいようだ。

でもし、文学というものをば文芸に於けるエスプリだと見るなら(そして事実そういう風にも日本語では用いられている)寧ろ之を芸術全般に渡るエスプリと見るのが、首尾一貫したことなのだ。これを芸術全般に渡るイデーと云っても思想と云ってもいい。ただそのイデーなり思想なりが、能動的な工作力や推進力を持った生きものだとしてであるが。

だがそうすれば更に、エスプリとしての文学は、実はもはや芸術全般だけを蔽うものでさえなくなって了わねばならぬ。芸術に於けるこのエスプリなるものが、哲学や科学を原則的に除外するということは、受け取れないことだ。して見れば、芸術・哲学・科学の文化内容の一切を貫く一つの精神とでも云うべきものが、即ち文学だ、ということになりそうである。