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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页
だから認識というものを他のものから狭く区別しているのは、やはり、夫が科学的体系に立つ知識であるかどうかであるに相違ない。
だが科学的体系をなすものでなければ認識でないというのは、その哲学史的な伝統関係は別として(カントは或る特別な理由からそういう区別をやったのだが)、とに角大して意味のある制限ではない。なぜ知覚や経験や、又一定の構想さえが、認識であってはならないか。認識ということがつまり「知る」ということである、と云って、なぜいけないのだろうか。見る、考える、判る、其の他其の他の知るということを、日本の国の名前のように、又軍隊や官庁の用語のように、二字の漢字に直せば、即ち認識ではないのか。
だからH・コーエンのように、「純粋認識」という特別な観念にでも立たない限り、認識を特に科学的体系、従って又科学的方法、へ必然的に結びついたものと決める必要はどこにもないのである。後に見るように、なる程、体系ということも方法ということも、又科学的ということも、認識の必然的な内容なのだが、併し之は何も、認識なるものが、科学の体系や科学の方法によって限定されねばならぬということにはならぬ。