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にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页

青空文庫

強いて云えば、考えの道筋というようなことを論理と呼んでいる。日本語としてはそうだ。欧米語としては言葉の上では論理と論理学との区別はないので、特に論理そのものを研究対象とするらしく響く論理学なるものを云い表わす為には、別に「論理の科学」と呼んだ方が紛わしくないのだが、そう呼ばない限り、論理も論理学も同じ言葉で云い表わされる。之は単に言葉の区別が足りないのではなくて、却って論理乃至論理学(ロジック)の本性を告げる意義の深い現象なのだが、それは後に触れよう。だがそれにも拘らず、論理と論理学とは区別すれば出来ないのではない。処で、狭義にアカデミックに真理という観念を持ち出すと、それは、論理学的なものではないまでも、少なくとも論理的なものと考えられるのを常とする(但しこの場合の論理学は普通のアカデミックな意味の範囲に於ける夫としてだ)。

併し、真理をこういう論理のものと限定することは、大して重大な意味のあることではなかった。真理の十全な意義は、いつもこうした「論理」をはみ出している。真理は単に論理的であるばかりでなく、心理的でもあるのだ。否時とすると、凡そ論理的ではなくて却って常に心理的なものだと云ってもいい位いである。