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にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页

青空文庫

そこに水という認識作用さえ加わればである。処がこの落差は、磁石の間のコイルの回転を与えるという模写の構成機構が用意されている限り、電流を発生する。落差を下る水は電流ではないが、水のこの状況の物質的結論は、この場合電流たらざるを得ない。電流は物質ではないが、物質の運動現象だ。位置のエネルギーの転換されたものである。価値は物的事物ではないが、物的事物の落差の作用・効果・結論である。それは物的関係の転換されたものだ。

つまり経験的なものが一見超経験的な原則的なものを産出したように、それと全く同じに量質転換の弁証法的連関が、物質と価値との間に存する。――理想も亦、かくして現実の結論的効果であり、夫が理想主義やユートピヤのものでない限り、現実の集中的な、集約的な、焦点的な、表現である。丁度政治が経済関係の集中的表現であるのと同じ理屈だ。経済上のただの利害が、なぜ一体高遠な政治の理想になったり、正義の情緒となったりするのか、そうしなければ説明出来ないではないか。自由が必然の認識だということも亦、そういう仕方で理解することを必要の一つとしている。自由は必然関係の要約であり、その後の必然性への見透しのための原則なのである。