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どくしょへんれき

読書遍歴

三木 清

「文芸」1941(昭和16)年6月~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,120 字 · 72 页

青空文庫

幸福でなかった先生の境遇が恐らくそうしたものであろう。先生はもと評論家か新聞記者になられるつもりであったらしく、その仕事の重要さをよく話しておられた。私どもは教室でもしばしばこの先生から、中江兆民、福沢諭吉、徳富蘇峰、三宅雪嶺などについて聞かされたものである。しかし私はその頃はむしろ文学に熱中していて、思想の問題についてはそれほど深い関心がなかった。巌本先生から教えられたものの中では、蘆花との因縁で、蘇峰氏のものを最も多く読んだが、それもその時分流行していた演説の材料にするつもりで読んだので、思想的影響というようなものはなかった。

播州赤穂は竜野から五里ばかりのところにある。私どもの中学では毎年義士討入りの日に全生徒が徹夜で赤穂の町まで行軍を行ない、そこで義士追慕の講演会を開くのが例であった。その講演会には生徒のうちの雄弁家が出ることになっていたので、平素においても演説はなかなか盛んであった。もっとも、これは、その時代が日本におけるいわば一つの雄弁時代であって、今の『雄弁』という雑誌もその頃は名のごとく主としてわが国の有名な雄弁政治家の演説の速記を載せていたような有様で、私どもの田舎の中学でも擬国会を催したこともあるという時代の一般的な空気の影響でもあり、むしろそれが根本的であった。