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ひょう
豹
山本 周五郎
「アサヒグラフ」1933(昭和8)年9月20日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,656 字 · 14 页
月見山で電車を下りると、いつもひっそりしている道の上に、ざわざわと人の動くのが見えた。正三はべつに気にもとめず、山手のほうへ大股に登っていくと、空地の角にある音楽家の住居で、近所から薔薇屋敷と呼ばれている邸の門前にも、音楽家の若い妻君を中心に付近の婦人たちが四五人集まって何かひそひそ話している。正三はその傍を通り過ぎるとき、音楽家の妻君が、
「宅では拳銃の弾丸を買いにやりました」
と云っているのを聞いた。
「ただいま」
庭先から挨拶しておいて、離屋になっている自分の部屋へあがると、間もなく甥の一政がやって来て、縁先から、
「叔父さん、大変ですよ」
と大声で呼んだ。
「どうした」
「あのねえ須磨寺の豹が逃げたんです、人が二人たべられましたって」
「豹が逃げた――?」
正三は何をいうかと思いながら、障子を明けて縁側へ出た。五歳になる一政は、好奇と恐怖の錯雑した表情で、
「本当です、小田さんとこではペスを鎖でつないでしもうた」
「お帰りなさい」
嫂の純子が、母屋の縁先に立って、ふところ手をしたまま静かに声をかけた。正三は庭穿をつっかけて、一政の肩に手を回しながら母屋のほうへ行った。