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あかいて

赤い手

国枝 史郎

「探偵」1931(昭和6)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,057 字 · 21 页

青空文庫

彼は猫の様に敏捷に窓際へ跳んで行った。

「ほら」と彼女は囁いた。「変な人がいるのよ」

向側の歩道に、丈の低い頑丈な、その癖服装の小綺麗な男が立っていた。彼は薄暗い街燈の光を身に浴びながら時々それとなく此方の窓を見上げて、切りにパイプを燻らしていた。

「ありゃマシュースだ」スパイダーの顔には在々と恐怖の色が現われた。

併しサディには何の事か分らなかった。

「マシュースというと――あの、探偵のマシュース? 落付かなけりゃ駄目よ。そして皆んな話して頂戴。あんたは今夜仕事をしたのでしょう」

だが、スパイダーはサディの言葉には耳を貸さなかった。彼は強い酒を立て続けにあおった。然し酒は彼の憤怒を強めたに過ぎなかった。彼は顎を突出し眼に嫌悪の表情を浮べて平気を装おうとしたが、全身の顫えを打消すことは出来なかった。

「奴はあそこで何をしてやがんだろう?」彼は壜を棚に置こうとして危く落す所だった。

「マシュースは何も知ってやしない。あんな奴に捕ってたまるもんか。おい、サディ。お前、まさか俺を売りやしないだろうな」

「莫迦なことを云っちゃ嫌だわ。そんな事誰がするもんですか。妾には何の為めか分らないけれど、あんた今夜は嘘をついてるわね。