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あかいかしゃ

赤い貨車

宮本 百合子

「改造」1928(昭和3)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,168 字 · 71 页

青空文庫

パーヴェル・パヴロヴィッチが、茶をのんで窓越しに並木道の菩提樹の梢を眺めている間に、ナースチャはニッケル盆にコップと薬罐とバラ模様の急須をのせ、食堂の隣室の戸をたたいた。

「入ってもよござんすか」

直ぐ、

「お入り」

と返事のある時もある。いつまでも返事のない時、ナースチャは、ドンドン戸をたたいた。それはきっとそうやってたたかなければいけないのだ。鍵があく。

「おお眠い。一たい何時? いま」

ナースチャは丁寧に腰をかがめてテーブルへ盆をおきつつ答える。

「八時十分です」

リザ・セミョンノヴナは裸足のまま寝台の前の小さい古い絨毯布の上に立っていた。あくびをし、柔かい金髪のおかっぱを両手でもしゃくしゃにこねまわし、もう一つあくびをしつつナースチャの肩へよっかかった。

「ナースチャ、鬼よ、お前! たったいっぺんでいいからうんざりするほど寝かしといてくれればいいのに!」

ナースチャ自身は黒い髪をたっぷり持って首の上に重く丸めていた。彼女には、この金髪の、足の裏まで柔いみたいなリザ・セミョンノヴナが好もしかった。リザ・セミョンノヴナはナースチャが来て半月後、アンナ・リヴォーヴナが出した貸間広告で来た銀行員である。