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あかいかしゃ

赤い貨車

宮本 百合子

「改造」1928(昭和3)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,168 字 · 71 页

青空文庫

「ただいま」

「牛乳壜を入れたかい?」

「ええ」

戸に鍵をかけ、はしごを中途まで降りかけると、アンナ・リヴォーヴナは、

「ホラ、また忘れちゃった!」

と立ち止った。

「ナースチャ、忘れたろう?」

「なんです」

「ケフィールの瓶さ」

幸いナースチャが平然と腕に下げている籠からビール瓶くらいのケフィールの空瓶を出して見せられる時はよいが、さもないと、ナースチャはまたはしごをのぼって、鍵をあけて、台所へ行って瓶をとって、また表の戸を閉めて、念のためいっぺん引っぱって見て、アンナ・リヴォーヴナの待っているところまで戻らねばならぬ。悪い時は、どうかしてアンナ・リヴォーヴナが扉のしめようを信用せず、

「いい娘だから、もう一度しっかり見ておいで。モスクワはソフィヤ村じゃないんだからね、三分間扉を開けっ放しにしておいてごらん、壁のペイチカまでさらわれちまうから」

と云う場合であった。ナースチャは戻らねばならぬ。三階まで二度往復せねばならぬことを意味するのであった。

市場には、村の市場より数倍の店と群集と、いろんな匂いとがある。市場のモスクワ式ごろた石の通路では、花キャベジの葉っぱ、タバコの吸殻、わら屑、新聞の切れっ端が踏みにじられていた。