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あかいかしゃ

赤い貨車

宮本 百合子

「改造」1928(昭和3)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,168 字 · 71 页

青空文庫

肌の綺麗な顔を少し反らせ、湿っぽくて臭そうなナースチャの綿繻子の前垂を眺めながら、リザ・セミョンノヴナはきいた。

「もうきまったの」

ナースチャは田舎女らしく目まぜをしてささやいた。

「アンナ・リヴォーヴナはちっともその男を好いちゃいないんです。ちゃんとわかってる。――でもお金があるんですよ、半年分払うんですって」

「ふうん」

「あの山羊髯!」

リザ・セミョンノヴナは無頓着に云った。

「いいさ、そんな男の細君になる女だってあるんだから」

出がけにナースチャが戸を開けると、廊下で鋸の音がした。

「なにがはじまったの」

「ごらんなさい、パーヴェル・パヴロヴィッチが机を二寸ちぢめているんですよ」

男は越して来た。台所に引っこんでいたナースチャが風呂場へ行って見たら、風呂場の壁へ特別彼用のニッケル製手拭掛と、歯磨ブラシ、コップなどのせるやはりニッケルの道具が取りつけられていた。男は自分用の茶碗を持って台所へ行こうとして小熊の剥製や帽子掛のある廊下でリザ・セミョンノヴナに出喰わした。猫背ですべるように歩いていた彼は、素早く歩を横に移して壁ぎわにより、ぴったり脚をそろえて立った。