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あかいかしゃ

赤い貨車

宮本 百合子

「改造」1928(昭和3)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,168 字 · 71 页

青空文庫

しかし、食料品販売所では、床にまいた大鋸屑を靴にくっつけて歩道までよごす節季買物の男女の出入が絶えない。

アンナ・リヴォーヴナは夫と「鷲の森」の娘のところへ行った。そこには、ガスでない白樺薪をたく本物のペチカがあって、アンナ・リヴォーヴナは、例年復活祭のクリーチは、うちのと、娘たち家族の分と、そこで焼くのであった。リザ・セミョンノヴナは芝居へ行ったし、ナースチャの台所では、水道栓からしたたる水の音がきこえるだけであった。

ナースチャは、踏台をして高い棚の奥から、古びた樺細工の鞄をおろした。布団やなにかと一緒にこれも今朝コンクリートの床の上で警察の犬に嗅がれたものだ。膝の上に鞄をおき、ふたをあけ、ナースチャは、縁に赤い水玉模様のついたけちなハンカチづつみをとり出した。死んだ母親がナースチャにくれた聖像であった。聖像は、ほんの小さい二寸角ばかりのもので、なんだかわからない古い厚い板に、金もののキリストと聖者がついていた。キリストも聖者も目鼻はなかった。金属板の上に簡単な直線で体と顔面の輪廓だけ刻まれている。ナースチャは片手でその聖像を持ち、片手で自分の胸の上に十字を切った。