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あかいかしゃ
赤い貨車
宮本 百合子
「改造」1928(昭和3)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,168 字 · 71 页
明日早朝焼かなければならぬ肉入パンの種がこしらえてある鉢を料理台の上で片よせ、ナースチャは、その小さい聖像を壁にもたせておいた。三カペイキの小蝋燭の燃えさしをさがし出し、ボール紙の切端に蝋をおとして立て、二本の蕊に火をつけた。自分の大さにつり合った蝋燭の焔を受けて、聖像のキリストと聖者とはうれしげに台所のなかで輝いた。ナースチャは、本当の聖壇の前でするように、聖像の前に立ち、いくども胸に十字をきっては低く叩頭した。
それがすむと、台をもって来て、ナースチャは料理台にぴったりくっついて架けた。台の上で両腕を深く組み合わせ、その上に顎をのせ、自分の顔と同じたかさにある小さい聖像をナースチャはしげしげと眺めはじめた。――どうして、このキリストや聖者に眼も口もないのであろう。右の方に立っているのが、自分の聖者だと、ナースチャは子供のときから教えられた。だが、どこでこれが聖者ナデージュダだとわかるのだろう。目もなく、口もなく、それで自分を護ってくれることが出来るであろうか。ああ、しかし、キリストにだって眼や口がないではないか。
ナースチャは祈の文句も正式には知らず、不断信心しているというのでもなかったが、そうして、蝋燭の光に照らされる古馴染の小聖像を眺めていると、親しい休まった心持になった。