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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

02 駈込み訴え

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,864 字 · 44 页

青空文庫

――おくにははがゆいくらい温和しい性分で、ぐちひとつこぼすでもなく、ひきこもって刻かまわずに賃仕事をし、子供たちの面倒もよくみるというふうだった。もちろん、亭主に反抗するようなことは決してなかったが、それにもかかわらず、富三郎は絶えずおくにに当りちらし、酔っているときなどは殴る蹴るという乱暴をした。――そして日が経つうちに、その乱暴は単なる八つ当りではなく、なにか仔細があるらしいことが、推察されるようになった。というのは、富三郎が酔って喚きたてるときに、「おやじのところへいって来い」と繰り返し云うのである。

――おやじはしこたま溜めこんでるんだ、てめえは一人娘じゃねえか。

――てめえのおやじは血も涙もねえ畜生だ、一人娘や孫が食うにも困っているのに、知らん顔で自分だけ好きなことをしていやあがる、あいつは人間じゃあねえ。

おくには返辞をしない。殴られても蹴られても黙っていて、泣く声さえもらさず、亭主の怒りのおさまるまでじっと辛抱している、というぐあいであった。その「おやじ」というのがなに者であるか、どういう事情があるのか、長屋の人たちはもちろん、差配の松蔵にもわからなかった。