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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

03 むじな長屋

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,416 字 · 53 页

青空文庫

そして隼人の返辞を待たずに、ではお脈を拝見しましょうと云った。

壱岐守の診察には登も立会わされた。壱岐守は四十五歳だそうであるが、絵で見た海象のように肥満し、坐っているのも苦しそうであった。腹部は信じがたいほど巨大で、身動きをするたびにゆたゆたと波を打ち、顎の肉は三重にくびれて、頸は見えず、じかに胸へ垂れさがっていた。顔はまるく、頬は張り切れるばかりにふくれ、そのために眼がふさがれて細くなっていた。――去定はなにもせずに、下段からじっと眺めるばかりだった。脈をみようともしない。ただじっと、憐れむような眼で、ものも云わずに眺めており、すると壱岐守はしだいにおちつきをなくし、息苦しそうに襟をゆるめたり、懐紙で口を拭いたりしながら、ぜいぜいと喉を鳴らせた。

「ただいま御膳の品書を拝見いたしました」とやがて去定が云った、「かねて申上げるとおり、お上は御病気ではなく、御病気よりはるかに好ましからぬ状態におわすのです、どこかに疾患があるなら、疾患を治療すればよろしいが、お上のお躯は厚味の御膳を多食なさるため、内臓ぜんたいに脂が溜って衰弱し、吸収と排泄の調和がまったく失われているのです」