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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

03 むじな長屋

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,416 字 · 53 页

青空文庫

佐八の住居は長屋とはなれていた。もとはそこも長屋だったが、七年ほどまえに崖崩れがあって潰され、端にあった一軒だけが残った。崩れた土が多量なので、家主は建て直すことを断念したが、佐八は自分で手を加え、その残った一軒だけを切りはなして、住めるようにしたのだという。――七年のあいだに、崩れた土の多くは水で洗われ、いまでは殆んど平らな空地になっているため、家主はまた長屋を建てる気になったそうで、そこへは古材木が運びこまれているし、地均しも始めている、ということであった。

佐八の住居には治兵衛の妻のおことがいた。

「よく眠ってますよ」おことは登に挨拶してから、亭主にそう囁いた、「ときどきおかしなことを云うけれど、きっと熱のために云ううわごとでしょう、苦しいのはおさまったようですよ」

「先生はよそへ廻っていらっしったんだ」と治兵衛は坐りながら云った、「使いが戻ったら先生はいらしったと云ってくれ、その傘をさしていったら、すぐに一本届けといてくんな」

おことが出ていったとたんに、真上の空で劈くような雷が鳴り、おことの悲鳴が聞えた。家ぜんたいが震動したような感じで、治兵衛は戸口へとびだしていき、路地の向うを覗いてみた。