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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

04 三度目の正直

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,351 字 · 43 页

青空文庫

六

藤吉は酔い始めたらしく「ふざけた野郎でさあ」と云って笑った、「相模屋で晩飯に酒をつけてくれるんだが、猪之が盃に手を出さなくなった、初めは欲しくねえというんで、こっちはただそうかと思っていました」

そのうちにおかしいなと気がついた。

風呂からあがって膳に向かう。猪之はとぼんと坐ったまま、盃も取らずに膳の上を眺めている。どうした、飲まねえのか、と藤吉が訊くと、うん、となま返辞をするだけで、いつまでも膳の上を眺めている。

――どうしたんだ、飲まねえのか。

――うん、欲しくねえんだ。

――腹ぐあいでも悪いのか。

――腹に別状はねえ、おれはいいからあにきは勝手にやってくれ、おれのことはいいんだ。

そんなことが四五日続き、或る日、同じような問答をしながら、藤吉はふと、背筋がひやっとするような感じにおそわれた。あのときと同じだ、と藤吉は思い、それからできるだけ、猪之のほうを見ないようにしていた。

六

けれどもやがて、藤吉は辛抱がきれてきた。猪之は巧みに藤吉の気をひき、じわじわと攻めて、白蟻が柱の芯にくいこむように、藤吉の心の中にくいこんで来た。

――はあっ、と猪之は溜息をつき、膳の上を眺めながら、しんとした声で、けれども藤吉には聞える程度に独り言を呟く。